『非実在アイドル』のイメージ

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うたの☆プリンスさまっ♪All Star(通常版)

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 ある日、親しい友人に「これ、面白いからやってみて!」とゲームソフトを差し出された。 それは、色とりどりの眉目秀麗な男性キャラクターが描かれたパッケージの恋愛シュミレーショ ンゲーム、いわゆる「乙女ゲーム」で、それはゲームに疎い私でも知っているタイトル「うたの ☆プリンスさまっ♪」(以下「うたプリ」)だった。2011年にアニメ化されて話題を呼び、女性だけでなく男性からも人気があり、CD、DVD、グッズにライブと様々な商業展開を見せている、 噂の一大コンテンツだ。ゲームのなかでプレイヤーは、作曲家を目指す主人公の少女になり「シ ャイニング事務所」という架空の芸能事務所が運営しているアイドル養成学校・私立早乙女学園 で、アイドルの卵であるイケメンのキャラクターたちを攻略し、デビューを目指して共に成長し ながら、恋を育むというストーリーである。攻略対象のキャラクターは後にアイドルグループを 組むことになるメインキャラクター6人+1人だが、それに加えて「シャイニング事務所」の先 輩キャラクター4人、教師キャラクター2人も続編で攻略対象に含まれている。プレイヤーは総勢 13名もの個性あるキャラクターとの疑似恋愛を楽しめるようになっている。


 ITmediaニュース (http://www.itmedia.co.jp/)の2014年1月9日の記事によると、発売元のブロッコリーは、2014 年2月期通期の業績予想を上方修正したという。この「うたプリ」ゲームソフトの新作や関連商 品の売上が好調で、「売上高は前回予想比3.8~6.4%増の64億円、営業利益は同15.4~25.0%増 の18億円に修正する」とのことだった。同期見通しの上方修正は昨年10月に続き2度目であると いう。昨今の不況の中で凄まじい伸び率であるといえるだろう。アニメビジネスの対象層は7千5百 万人といわれるが、この数字からみても「うたプリ」営業利益率は高い。実に景気の良い話である。

 この「うたプリ」、アニメ放映時に発売された、7人のアイドルたちのキャラクターソング(キ ャラクターに声を当てている声優が、そのキャラクターとして歌う)CDはオリコンランキング10 位以内に入ることもままあり、ゴールデンタイムに放送される歌番組「ミュージックステーショ ン」、深夜枠のメジャーな音楽番組「カウントダウンTV」などでもたびたび、メジャーなアーテ ィストと肩を並べてランクインしているところを見かけるほど、すさまじい業績をみせた。アニ メ終了後も根強い人気で、都内で限定グッズが販売されると早朝から長蛇の列ができ早々に売り 切れてしまったという話は一時期ネット上でも取沙汰された話題であったし、「コミックマーケ ット」でこのジャンルで参加するサークルの数も多いということも、ひとつの人気の尺度になる だろう。


 私にゲームをすすめてくれた友人は知らない間にすっかり、アイドルたる「彼ら」に 夢中になっているらしく、彼女から借りたCDやDVDを消化しているうちに、「うたプリ」がたい へん興味深いコンテンツであると思うようになると同時に、様々な疑問が湧いてくるようになっ た。そこで、このゲームのキャラクターたちをイメージ文化論的な社会のなかに存在するひとつ の「イメージ」ととらえ、今まで学んできた様々なことと関連づけて、私自身が抱いた疑問を考 えていく。なぜ、こんなにも多くの人々が、実在しない二次元の世界のアイドル— — 「非実在ア イドル」に好意を抱き、夢中になれるのだろうか。



【強烈なイメージ、ライブ映像のようなアニメーション】

 「うたプリ」は2度アニメ化されている。2011年にはじめて、3ヶ月の短期的な展開でアニメ 化されたとき話題を呼んだのが、オープニング映像である。屋外ステージで6人のアイドル達が ライブパフォーマンスをしながら作品のテーマソングを歌うというアニメーションだ。これがア ニメーションとしてクオリティが高く、キャッチーなテーマソングに合わせてアイドル達が振り 付けつきで、笑顔を振りまき踊り歌うオープニングは、原作のゲームを知らなかった多くの人々に衝撃を与えた。原作からファンだった人々からすれば一目見て「かっこいい!」と喜ぶところ だが、はじめて「うたプリ」を知った人々からは(私も含めて)嘲笑の対象で、いわゆる「ネタ アニメ」という印象を与えた。なぜならアニメーションには、熱狂的な彼らのファンとおぼしき 女性客の歓声や合いの手、ライブらしい効果音なども臨場感たっぷりに作られており、「キャラ クターたちのダンスの動きが合っていないところがリアル。ジャニーズっぽい」と評されたキャ ラクターたちの振り付けのモーションが、クオリティが高く作り込まれたアニメーションではあ ると理解しながらも、どこか滑稽に見えたのだ。

 それまでに、いわゆる「アイドルもの」のアニメ作品などで歌に合わせてキャラクターが歌っ たり踊ったりするシーンはいくつかあったが、アニメーションにそこまでこだわっている作品は 少なく、何より、そういった「アイドルもの」で愛想を振りまいて歌い踊るのは女性キャラクタ ーがほとんどだった。劇中で歌ったり踊ったりするアニメで「萌え」の対象となるものを女性か ら男性に、アニメファンたちの価値観を変えさせた強烈な「イメージ」だった。




【キャラクターグッズ戦略】

 ゲームソフト発売元の株式会社ブロッコリーは、キャラクター商品の製造販売で急成長したこ とで有名である。「うたプリ」も多くのキャラクターグッズが発売されており、このコンテンツ 産業の利益の重要な部分であると思われる。版権ビジネス(キャラクタービジネス)は、作品を 製作したことで発生する権利のうちの(1)作品や登場キャラクターそのものに関するもの、(2)企画 に携わった監督、脚本家、声優らが得られるもの、の(1)にあたる。

 もともと原作ゲームに使用されていた立ち絵(キャラクター等身のイラスト)やスチル(背景 のあるイラスト)、アニメに使われた絵を使用するだけではなく、デフォルメされた頭身の低い キャラクターのグッズも多い。かろうじてそのキャラクターとわかる程度に特徴を捉え極限まで 簡略化された、いわば記号のようなイラストでも、ファン達は喜んでそれを手にする。

 ビジネスの対象になろうがなるまいが(金銭が絡むことがあろうとなかろうと)、イラスト= イメージを作成した側とそれをみる者同士に利害関係があろうとなかろうと、イラストとして描 かれた二次元のキャラクターはひとつの「記号」に変化する。記号を解読する人々がそのキャラ クターだと判断すれば、コードを共有したことになる。大勢の人々が、キャラクターという記号 =同じイメージをみて(ある程度でも)共通の解釈をする。イメージが存在し、イメージを発信 した側に某かの意図があり、その受け手がいることでコミュニケーションが発生するとしたら、 グッズを買っていく消費者たちは、ひっきりなしに、製作サイドとのコミュニケーションをして いるといえる。

 いま、アイドルグループの頂点ともいうべきAKB48はまだ人気もそこそこであった時から、東京 秋葉原に専用劇場を設け、「物販で収益をあげる」戦略を採用している。これは、ライブアイド ル(「ライブハウスなどへの出演を主な活動とするアイドル。芸能事務所に所属していないアマ チュアも含め、インディーズアイドル、地下アイドルとも呼ばれる」※1)が古くから採用して いる戦略であるというが、「うたプリ」のグッズ戦法ともいえるアプローチの方法は、このよう な実在のアイドルを売り込む戦略とも似ている。「うたプリ」ファンたちは、キャラクターのイ メージが使われているグッズを、まるでタレントや実在するアイドルのブロマイドや写真集のよ うに扱うのだ。



【都合のよい感情移入装置】

 いままであった、実在するアイドルを売り込む戦略からも「うたプリ」が成功した理由をひも 解くことができる。

 参考文献によれば、アイドルには「感情移入装置」をどうするべきか考えることが必要になるという。ア イドルとして世に出てゆくのに重要になるもので、簡単に言えば「どうやってアイドルを好きに なってもらうか」、アイドルがファンに愛されるためにどこでその気持ちを掴んでおくか、そしてどういう形で繋ぎ止めておくか、ということだ。80年代までは歌番組がそれであり、アイドルといえ ば「アイドル歌手」をさした。80年代前半のアイドルといえば松田聖子中森明菜小泉今日子 などで、持ち歌があり歌うことでメディアに露出することが中心だった。しかし80年代後半は歌 うだけではなく、ドラマから出発するアイドルも多くなってきた。「スケバン刑事」の斎藤由貴、 南野陽子浅香唯ら、「毎度おさわがせします」の中山美穂などである。80年代以降のアイドル には、歌うだけではなく、感情移入装置としての「物語」が必要になったのだ。ちなみに、90年 代アイドルの感情移入装置はテレビCMであるという。

 


 アニメ産業での「アイドル」は、なにも劇中でそう設定されたキャラクターだけではなく、「ア イドル声優」と呼ばれる存在があることも見逃してはならない。アニメのキャラクターに声を当 てる若手の声優たちは、今や演技ができるだけではなく、歌も歌えて、トークもできて、という ように、仕事に要求される能力の幅が実に広い。時には雑誌の紙面やライブ会場、バラエティ番 組などにも露出するというように、タレントや芸人のような活動をしている。このアイドル声優 は、歌を中心に人気になった80年代のアイドルを踏襲している。紅白歌合戦にも出場して人気を 博している、アニメソング歌手であり声優でもある水樹奈々などが代表例としてあげられる。アイド ル声優は、アニメという強力な感情移入装置をもつのが強みである。声優は、アニメキャラへの 愛情の「代替装置」として機能する。声優は時たま「2.5次元」と呼ばれたりするのもそのせい だろう。

声優アニメディア 2013年 04月号 [雑誌]

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 確かに「うたプリ」の関連楽曲を聴いていると、声優がキャラクターとして歌っていると知り ながら、不思議に、ジャケットに描かれているイラストのキャラクターのほうに感情移入してし まうことが実感できる。架空のものだと理解していながら、しかも実際に声を当てている声優の存在を知っていながら、キャラクターのイメージのほうに物語やパーソナリティを付加させてしまうことは、よく考えれば奇妙なことである。



【楽曲とのタイアップ】

 「アイドルもの」のアニメーションの利点は、アニメだけではなく、劇中に登場する楽曲のCD との相乗効果が期待できるという点だ。

 例として「頭文字D」というアニメがあるが、これは実はアニメ映像のためのコンテンツではな く、音楽を売るために作られたという。小室哲哉安室奈美恵などを手がけるエイベックスが、 カーマニア向けにダンス音楽のCDを買ってもらうという目的のために作られたというのだ。車で バトルするシーンのBGMにも、ダンス音楽が印象的に使われる。

スーパーユーロビート・プレゼンツ・頭文字D?Dベスト・セレクション?

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 放映中のアニメや特撮のコンテンツと、その他の商業展開との相乗効果を期待するものはよく みられることで、例えばバンダイからバンプレストの社長になった杉浦幸昌氏はテレビ放映中の 番組からグッズ(変身ベルトなど)を作り出した(逆に、玩具をつくるために、アニメ制作会社 に企画を提案するというアプローチの仕方をはじめたのも同氏である)。

仮面ライダー レジェンドライダー変身ベルトシリーズ クウガベルト

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 「うたプリ」は1期と2期どちらも、毎回キャラクターが歌うシーンが出てくる。アニメ放映 に合わせて毎週異なったキャラクターのシングルCDを発売しており、アニメ放映時は相乗効果で CDの売り上げが大きく伸びてオリコン上位にまで登場した。「うたプリ」も、「頭文字D」と同じようにアニメを一種の広告として楽曲を売り出すことを目的としていたのかもしれない。その 目的のために、ライブシーンやアニメーションのイメージというのは大きな力になっていたのだ ろう。ひとつの視覚的な印象が、消費者に共通の世界観を生んだことではじめて、相乗効果が生 まれたのである。

うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVE2000% アイドルソング(7)一ノ瀬トキヤ

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【『うたプリは現実』といえるまでの引力とは?】

 「うたプリ」の戦略のひとつとして、期間限定のTwitter企画がある。「うたプリ」のキャラク ターたちのそれぞれにTwitterの公式アカウントを作り、それぞれのキャラクターたちが日常の ことをツイートしたり、他のキャラクターとTwitter上で会話する。これは新しくリリースする3 枚のCD楽曲とのタイアップで、彼らの所属するシャイニング事務所が企画する「劇団シャイニン グ」で舞台公演を行い、その劇中で使われる楽曲を発売するというものである。もちろん舞台は 架空の企画で、三つ設定された舞台の内容は、楽曲CDに付属する音声ドラマで知ることができる。 キャラクターたちはTwitter上で、稽古の状況や、シャイニング事務所で起こった出来事、起床 や就寝の挨拶などを呟く。クリスマスやハロウィンなどのイベント時にはパーティーを開いた様 子や、キャラクターが食べたもの、書いた字などが写真付きでツイートされることもあり、フォ ローしているファンたちは彼らがツイートするたびに大きな反応をみせる。この企画によって、 消費者の生活にさらに「うたプリ」のコンテンツが侵入してくるようになり、単純だが実に巧妙 な「感情移入装置」となっているといえるだろう。

 ツイートに添付される写真も様々に解釈を与えるイメージのひとつだが、画像が二次元的に描 かれたイラストではなく、実在する物体や風景の写真であるということも注目すべき点である。 完全に隔絶された世界の出来事を鑑賞するのではなく、部分的に、自分たちの存在する奥行きの ある物質的世界(三次元の世界)と繋がっていることを思わせ、ツイートされた内容が架空のも のだったとしても、本当にキャラクターが実在するかのような臨場感を生むのである。
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【疑似恋愛感覚と仮想空間としてのアイドル】

 「アイドルは、虚構だから美しい」という主張がある。(実在する)アイドルへの思い入れが 疑似恋愛感覚でも、現実の恋に転化する・生きた証にすること・見返りを求めることは「粋」で はない、というのだ。『「自由なる浮気心」としての「無目的な(もしくは無関心な)自律的遊 戯」』(※2)こそがアイドルを象徴するというのだ。

 Twitterで多くの人々に拡散され物議を醸したツイートがある。 >『「ジャ二オタの友人が言ってた「うたプリファンの人すごい、プリンス様たちとは何があっても付き合えることはないのにあんなに熱狂的になれるなんて...」がじわじわきてる」』

 この「友人」が、熱狂的にファンをしていればジャニーズと付き合えると本当に考えて言った ことなのかはわからないが、これは、前述の参考文献の考え方からいけば「粋」ではない楽しみ 方である。アイドルとファンは基本的に幻想で媒介された関係であり、あえて強調するならば「一 方的な」疑似恋愛感情を誘発する。ファンは、対象が実在していようがいまいが「アイドルを好 きでいれば少なくとも嫌われない」という自己満足的な充足感をともなう「アイドル幻想」に陶 酔する。

 参考文献のなかで、『「萌え」はさしずめ、大衆消費社会のヴァーチャルリアリティにおける ピグマリオン・コムプレックスの発現であると見なすことができる。(※3)』という指摘があった。ピグマリオン・コンプレックスとは「人形偏愛症」とも言い換えることができるが、簡単に言 えば、心のない「人形」を愛するというディスコミュニケーションの一種である。しかし私はこ の指摘に疑問を抱く。人形、つまりここでは「うたプリ」に出てくるキャラクターたちを愛する ということは、実在しない「キャラクター」とのコミュニケーションと考えれば、確かに一方的 で実りのない行動だといえる。しかし、コミュニケーションの対象が別のところにあるとするな らばどうだろうか。つまり、非実在アイドルのキャラクターを媒介とした人間どうしのコミュニ ケーションこそが、非実在アイドルの存在意義だとすると考えれば合点がいく。

 アイドルを応援することは、野球やサッカーの応援スタイルと似ている。対象への興味が薄れ たとしても、仲間と遊ぶためにその「場」に通う。再びAKB48を例に挙げると、AKBは積極的にフ ァンの意見を取り入れることで、ファン同士のコミュニティを形成することに成功した。「遊び 場」としての魅力がAKBを育てたのだ。

 つまり、「うたプリ」を応援することで、ファンたちは、ファン同士の交流を楽しんでいる。 あのキャラクターがカッコいい、あの歌が好き、あのシーンに笑った、など、共有して楽しめる ということが、人気の要因になっていると考える。ここでイメージはコミュニケーションの媒体 =メディアとして機能するのである。

 参考文献から再び引用すると、『「萌え」はつねに不充足をともなっている。本来が実在しな いものをめぐる接近行為であるから、映像として所有することはできても、けっしてその実体に 到達することはできない。その欠損を埋めるためファンは空想に訴え、対象をめぐるプライヴェ イトな物語の主人公たろうとする』。そしてフィギュアやコスプレがそれを補う行動となってい る、とこの著者は説いている。

 ファン同士で語り合い、ファンアートを発信し、不充足を補い合うと いう行為が、「うたプリ」の魅力の最たるものなのではないだろうか。

(7157字/見出し含まず)



≪参考文献≫

(※1)『グループアイドル進化論「アイドル戦国時代」がやってきた!』岡島紳士+岡田康 宏著、2011年、マイコミ新書
(※2)『増補アイドル工学』稲増龍夫著、1993年、筑摩書房
(※3)『「かわいい」論』四方田犬彦著、2006年、ちくま新書
『アニメビジネスが変わる』日経BP社技術研究部、1999年